最近のIRの話題
- 2016年6月16日
-
統合報告書は企業価値を高めることができるのか? (第3回)
前回お約束したように、なぜ今統合報告書では非財務情報が不可欠であるのかについて、海外の動きから考えたい。
非財務情報というとESG注記1(最近では重要度からGSEとも)と認識されているようである。だが、日本アナリスト協会が2012年にまとめたESGに関する報告書『企業価値分析におけるESG要因注記2』には、「非財務情報は、財務情報を生み出す情報」として認識されており、ESGに限ったことではないのである。同報告書P7に掲載の図表1「企業の付加価値生産の過程とESG要因の関係、企業パフォーマンスへの影響」では、経営理念に発する事業の流れとそれが最終的に財務諸表に結果として現れることを図で紹介している。非財務情報と財務情報の関係を事業の流れに基づき説明しており、じつに説得力がある。
また、非財務情報の開示については、経済産業省が2013年12月から2014年3月にかけて開催した「企業開示制度の国際動向等に関する研究会注記3」(第3回)の「論点5:各国における非財務情報開示の動向」のなかで、EUと英国の非財務情報の開示について具体的な開示項目に触れているので該当箇所を以下に挙げたい。
-------------------------------------------------------------------------------
欧州委員会:2013年4月16日付で、社会的、環境的な問題に関する事業の透明性を強化するために、会計指令(第4号指令及び第7号指令)を改正する提案を公表。
従業員数が500名超の大規模会社は、環境、社会・労働者問題、人権、不正行為・贈収賄対策及び取締役会のダイバーシティ等に関する諸問題に対する方針、リスク及び結果に関する情報の年次報告書での開示を要求。
大規模上場会社は、取締役会の情報開示として、ダイバーシティに関する方針、年齢構成、性別、地域別多様性、教育水準及び専門的経歴等の情報の提供を要求。
英国:2006年会社法により上場会社は以下の情報開示を要請。
将来の発展、業績、事業の状況に影響を与える可能性のある主なトレンドと要因。環境、従業員、社会及びコミュニティ問題に関する情報、企業の事業にとって重要な契約またはその他の取り決めにより関係をもつ人についても開示。
これらの開示には、財務上のKPI注記4を使用した分析、適切な場合は、その他のKPI(環境や従業員関連の情報など)を使用した分析を含めること。
さらに英国企業は2013年8月の会社法改正により新たに戦略報告書として、企業の戦略とビジネスモデルの説明を追加した。
------------------------------------------------------------------------------
また、経済産業省の同研究会では、実施された時期の関係で、米国のSASB(2012年発足)注記5について触れていなかったが、SASBの公式サイトでは、SEC注記6が2016年7月21日までパブリックコメントの募集期間に入ったことを伝えている。SECのリリース(P204から215)では、サステナビリティに関する意見を求めている。SECは今後、企業に対してサステナビリティに関する情報開示を要請することになるだろう。SASBは、すでに11セクター、約80業種のスタンダードの設定を終え、Form 10-KとForm 20-F注記7が対象にされているので、Form 20-Fを発行する日本企業はすでに準備しているであろう。あまり知られていないが、SASBと国際統合報告審議会(IIRC)は2014年1月に提携し、SASBはIIRC主催のCorporate Reporting Dialogueに参加している。そこにはISO注記8も参加しており、大西洋を挟んで非財務情報の開示に関する標準化が進んでいるようである。
さて、ここまで、日本以外の国の企業が要請されている非財務情報の開示についての動きを見てきた。埼玉学園大学大学院教授米山徹幸氏によると欧州での非財務情報の開示は1996年のGRI注記9に遡り、2000年に英国年金法で投資方針における環境・社会・倫理に関する情報開示の義務化から、欧州各国に非財務情報の開示が広まっており、すでに歴史を重ねている。IIRCのディスカッションペーパーでは、企業評価が財務情報から非財務情報に大きく転換してきたことを説明している。投資の世界はもちろんグローバルに動いており、"非"日本企業は非財務情報の開示を要請され、それを投資家が見て、企業を評価している。日本企業はこのことを認識し、グローバル基準に合わせていくことが急務となろう。
では、次回、戦略とビジネスモデルについて触れてみたい。
注記
1. Environmental, Social and Governanceの略
2. https://www.saa.or.jp/standards/account/esg/index.html
3. http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/
4. Key Performance Indicatorの略。重要業績評価指標
5. Sustainability Accounting Standards Board サステナビリティ会計基準審議会 http://www.sasb.org/
6. Securities and Exchange Commission 証券取引委員会 http://www.sec.gov/
7. Form 10-K、Form 20-F:米国証券取引法が証券発行体に求める法廷開示資料でSECへ提出。Form 10-Kは米国企業を対象とし、Form 20-Fは米国の証券取引所に上場する外国企業を対象。日本企業の有価証券報告書に相当。
8. International Organization for Standardization 国際標準化機構 http://www.iso.org/
9. Global Reporting Initiatives https://www.globalreporting.org/
(株式会社ファイブ・シーズ代表取締役 越智義和)