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2016年7月28日

統合報告書は企業価値を高めることができるのか?(最終回)

5月から、統合報告書をめぐるさまざまな動きを追うことで、どういうことが統合報告書に期待されているのかを紹介してきたが、今回は、内容の充実が図られつつある統合報告書がどのように認識され、評価されているのか、調査結果に基づいて真正面から紹介して、最終回としたい。

日本では、統合報告書そのものの調査は多いが、海外では、投資家や関係者がどのようなメリットを感じているかを中心に調べられている。

まず、国際統合報告審議会(IIRC)は、2013年12月、統合報告フレームワークを発表したが、同年9月末まで企業と投資家それぞれのパイロットプログラムを設け、約100社の企業が参加し、統合報告へのチャレンジを進めていた。同年10月、このパイロットプログラムに参加していた19社の統合報告書を13の投資家・投資機関が批評し、その結果が発表されている*1

そこでは、投資家は、次の3点を評価している。①従来のレポートより総合的な視点から業績を説明、②戦略・リスク・ガバナンスと今後の目標について深い分析を提供、③開示されたデータについて分析・説明を提供。そして改善点としては、次の5点を挙げている。①マテリアリティ開示、②情報の結合性、③簡潔さ、④長期的な価値創造、⑤信頼性である。

また、英国勅許公認会計士協会 (Association of Chartered Certified Accountants)は、2013年3月、『Understanding Investors』というタイトルのもとでイングランドとアイルランドの300の投資家・投資機関を調査し、その中で統合報告について、次のことを伝えている*2

・調査対象の90%以上が、財務と非財務の報告を評価

・投資家は、企業が統合報告へ移行することを評価

・統合報告の一番のメリット:企業の長期見通しに対する理解を深耕

二つの投資家サイドの調査結果は、ともに統合報告書に対して好意的な見方をしている。

さらに、IIRCは2014年4月から8月にかけて、統合報告書を作成した66社のIR担当者サイドの調査結果を伝えている*3

主な回答項目を紹介すると、①価値創造に対する理解を深められた:92%、②データの質が向上:84%、③意思決定のプロセスを理解:79%、さらに、統合報告書発行後のメリットとして、①経営陣が、自社の価値創造に対する理解を深耕、②自社のビジネス管理に使用される業績情報に変化、③長期の意思決定へ肯定的な影響、が挙げられている。

上記項目の中で最も興味深いのは、「①経営陣が、自社の価値創造に対する理解を深耕」である。経営陣といえども、自社の全体像を把握し、価値創造をどのように行っているかをこれまで総合的には見てこなかったからではないかと推測する。統合報告書は、今後の企業の成長のために、企業経営にとって大きな役割を果たすであろう。

米国投資家の評価も挙げたい。2014年3月、Eisenman Associates のNina Eisenman氏は、Calvert InvestmentsのMs. Lasdon、Mr. Lombardoとのインタビューをブログに記している*4 (同社は、2015年1月にAddisonと統合*5)。Calvert InvestmentsはIIRCのパイロットプログラムに参加しており、SRI(社会的責任投資)重視の運用会社ではあるが、彼らは、統合報告書に関して、以下のように評価している。①企業の意思決定プロセスが明確になる、②従来の報告書は財務資本の結果中心であったが、統合報告書は、それ以外の5つの資本についても報告しており、評価精度の向上に役立つ、③投資家が必要とする長期戦略に関する情報を提供している、④後ろ向きな印象を与える従来の報告に比べ、より前向きな印象を与える。

さて、日本では統合報告書を発行する企業数が、2015年には前年より5割増えて205社になった。企業が積極的に自社のことを社外に向かって報告すること自体はもちろん良いことである。しかし、情報を受け取る側がどのような情報を知りたいかを把握して、それを適確に提供し、かつ自社の強みだけでなく課題も説明し、どのように改善していくのかという点まで開示していくことがなによりも大切である。

統合報告書は、企業と投資家の対話のための有効なツールである。統合的な情報開示が、投資家をはじめとするステークホルダーとの対話を深め、企業価値を高めていく。対話を進める報告スタイルは、今後も深化していくだろうが、それは、おそらく現在の統合報告書の先に築かれていくのは確かであろう。

6回に渡り、統合報告書は企業価値を高めることができるのか?という点から書かせていただき、読者の皆さまをはじめ、日興アイ・アールの方々にも厚くお礼を申し上げたい。

統合報告書に関してのお問合せやご質問、ご意見など、日興アイ・アールまでいただければ幸いです。

注記

*1:http://www.theiirc.org/wp-content/uploads/2013/10/IIRC-Pilot-Programme-Investor-Critique-2013.pdf

*2:http://www.accaglobal.com/gb/en/technical-activities/technical-resources-search/2013/june/understanding-investors.html

*3:http://integratedreporting.org/resource/realizing-the-benefits-the-impact-of-integrated-reporting/

*4:http://eisenman.com/integrated-reporting-the-investors-perspective/

*5:http://eisenman.com/nina-eisenman-and-team-join-addison/

(株式会社ファイブ・シーズ代表取締役 越智義和)

http://www.fivecs.co.jp/

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