アナリストのつぶやき

2016年10月 6日

アナリストの今は昔

上場会社の経営陣やIR担当者が日々対応されているアナリストの変遷について簡単に説明したい。

筆者が30年以上前に証券会社に就活していたとき、エコノミストの業務は知られていたものの、アナリストの業務はあまり一般には認知されていなかった。当時は社内でも、マクロのエコノミストに対して、ミクロのアナリストといった漠然とした分類であり、あくまでも〇〇研究所の研究員または〇〇調査部の担当者であった。また情報を収集・分析する調査部と情報を発信する情報部を、社内でもよく混同し、その違いがきちんと認識されてはいなかった。

1962年に設立された日本証券アナリスト協会は、アナリストの地位向上に苦心されていた。1980年代に入り、証券業務には馴染みが少なかった銀行系の方々が積極的に日本証券アナリスト協会検定会員の取得を目指すようになり、認知度が徐々に高まっていった印象である。

一方、証券会社も、これまでの「株屋」から「証券会社」への転換を図ろうとしていた時期であり、上場会社の株価を早耳情報や噂で上下させるのではなく、きちんとした分析により、企業価値を判断する体制に移行させようとしていた。

ただし1980年代の頃は、株価に影響するような情報の発信を求める人々から守るために、アナリストに対しては純粋に財務分析や業界分析をすることが求められた。今ではアナリストの主要業務にもなっている、株価判断や目標株価を求められなかった。そのため、買いか売りかを聞きたがる人々からは、何のための調査かと揶揄された。

当時のアナリストは担当業種を持ち、各々40~50銘柄の上場会社を担当していた。ただし分析は、パソコンの普及前でもあり、集計表を使って電卓と鉛筆、消しゴムで収益モデルが作成する職人芸的なものであった。予想の作成も単体の年間ベースが基本であり、求められる数字も1期または2期の売上高、経常利益、当期利益、配当金だけであり、セグメント情報の予想は任意であった。作成するレポートも基本的には1~2ページであり、より詳細な企業レポートや業界レポートは1年間に数本作成するだけであった。それよりも、担当者として、上場会社の事業内容や収益動向をきちんと把握することが求められた。

激動の1990年代を経て、今のアナリストは、四半期開示の普及により四半期毎の連結ベースでの、詳細な損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書を作成することが求められている。さらに、目標株価、投資判断、リスクなどを記載し、投資家へのプレゼンテーションも求められている。パソコンが普及しているからといっても、80年代からみると、膨大なデータの処理である。セグメント情報の開示が進み、定量分析がかなり進んできたといえる。

そのためアナリストが実際に投資判断を行っている上場会社数は10~20社程度となっている。その代り企業レポートは20~40ページ、業界レポートに至っては50ページ以上の分厚いものとなっている。そのような中でも、アナリストの仕事として、分析力とともに、取材が重要視され、人的なつながりを武器に情報収集することが求められていた。他のアナリストの知らない情報や知りえなかった情報をいかに収集することが差別化にもなっていた。

最近、それが大きく変わろうとしている。外資系証券会社の不祥事により、証券会社に対してはインサイダー情報の管理の徹底とともに、その利用が厳しく制限されるようになってきた。上場会社に対しては、情報発信の公平性が求められるようになってきている。

当然のことながら、このような変化に対して、アナリストも投資家も、そして企業のIR担当者も混乱しているようだ。アナリストは開示前の情報収集に躊躇するとともに、投資家も公開情報以外の情報の取得、利用を警戒するようになってきているように思われる。アナリストの立場からみると、これまでの積極的な情報収集から消極的な情報収集への転換、早耳情報や独自取材情報から公開情報至上主義への転換、とも言えるのではないだろうか。

アナリスト業務の変化は、これまでは、財務会計制度の変更(単体重視から連結重視など)を伴ったものであった。またコーポレートガバナンス・コード及びスチュアートシップ・コードの導入により、これまでIR活動を積極的に行ってこなかった上場会社に対し、投資家対応の充実が求められるようになってきた。しかし、足元で起きている変化には明確な指針があるわけではない。今回の環境変化は、IR活動を行ってきた会社に対しても、IR活動そのものの見直しをも求めるものといえる。

アナリストを取り巻く環境が大きく変わる中で、上場会社のIR担当者として、アナリストの個別訪問に対応し、説明会で財務情報やセグメント情報の提供または決算概況の説明、さらには会社予想の提示を行うだけでは十分ではなくなっている。特に中小型株やアナリストのカバーしていない上場会社では、今までと同じIR活動を行っても、アナリストの担当銘柄リストに入れてもらい、投資家に投資対象として認知してもらうことが難しくなっている。

上場会社としては、より積極的な情報公開をベースに、自社を取り巻く環境や市場の見方や企業の事業戦略や考え方を率先して開示していくことが求められる。その中で、積極的な情報公開とは何か、どのように開示するべきなのか、そして対象とするべきアナリストや投資家などの市場参加者は誰なのか、どのような対話をするべきなのか、など、対応するべき課題は多く、日々変化している。広報でPR会社を活用するように、IR活動に関しても、自社で悶々とせずに、IR会社など外部の専門家を活用して、効率的に行うことが求められる。

積極的に自社の強み・特徴を市場に情報発信すれば注目されるが、そうでなければ、企業価値向上に消極的な会社として他の銘柄と一緒に埋もれてしまう危険性がある。

「All or nothing」となっていることに、IR担当者、そして企業経営者が早く気付いていただけることを期待したい。

(山川 学和)

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