アナリストのつぶやき

2016年4月21日

ダイバーシティの必然と効用

先日読んだ精神科の医師が書いた本の中の一節が、頭から離れない。新奇性探求という、注意欠陥/多動性障害(ADHD)/学習障害になりやすい遺伝子を持つ人は日本を含め、世界的に平均で十人に一人の割合というのだ。また、障害と診断されるレベルではなくても、固執性の強い遺伝子を持つ人、対人関係に消極的で孤独を好むタイプの遺伝子を持つ人は、かなりの割合いるのだそうだ。更に、日本では不安を感じやすい遺伝子タイプの人が日本人全体の三分の二を占め、三分の一の人は、特に不安を感じやすい、のだという。人格を決めるのは遺伝子だけではなく、生育環境も大きな要因である。とはいえ、恵まれた生育環境も、遺伝子の影響を完全に凌駕することはない。つまり、企業が採用の理想とする、明るく積極的で、「コミュニケーション力」にも優れた人など、実はあまりいないということになる。

日本では人手不足が深刻化しており、採用は全くの売り手市場となっている。とすれば、一部の人気企業以外では、相当の割合で、こうした傾向を持つ新入社員がいるということになろう。このような社員、とりわけ、新奇性探求傾向のある社員は、「空気を読む」、「予定調和」を重視する日本の企業では、これまで、完全にアウェイな存在であった。しかし、現在の人手不足、そして、今後も続く少子化を考えると、企業はこれらの社員を活用していく以外に選択肢はない。この本によれば、トレーニングと経験によって、これらの特性をある程度は改善することは可能だが、それ以上に不可欠なのは、受け入れる側が各自の特性を理解し、それに応じた環境を整えることなのだそうである。

例えば、私が週に一度、ある仕事を頼んでいる人は、集団は苦手だが、一対一の関係は作れる。愛想もなにもないが、一方で、嫌なことがあっても、感情的に根に持つことはなく、必ず、きちんと仕事を進めてくれている。また、その専門分野での正確さと集中力は並外れている。彼とははじめ、4人でミーティングをしていたが、いつしか、私と二人になり、そして、普段はスカイプでミーティングするようになった。その方が彼はリラックスして、充実したミーティングとなることがわかってきたためだ。

このようなステップは当初は企業の側に負担を課し、現場の混乱も予想される。しかし、同時に、これが日本の企業と社会の閉塞状況を改善する大きな契機となるのではないだろうか。各自の長所を生かし、弱さはスルーする、必要に応じてフォローしてあげる。それが習慣化すると、日本の企業を含む社会全体に、人の違いや多少の不規則や失礼をいちいち気にしない空気が生まれ、協調圧力が弱まっていくだろう。それまで空気を読むことに使っていたエネルギーをもっと、本質的に大切なことに向けられるようになる。これこそがダイバーシティの必然と効用ではないだろうか。

ダイバーシティは昨今の企業経営におけるキーワードの一つであり、女性の登用がその代表的な課題として取り上げられることが多い。しかし、株式市場では、それによって、企業価値、つまり、業績拡大につながる具体的な方向性が見えなければ、評価には至らない。まずは、女性というようなグループに特定せず、社員一人一人の個性や強みが企業全体の生産性向上につながる組織運営の具体例が確認できるようになれば、ダイバーシティが新たな投資機会を提供できる可能性が生じてくるだろう。期待したいものである。

(藤野雅美)

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